2017年05月24日

ひそひそ話は悪口

月に1度ケアマネさんがサービス利用票を作成して持ってくる。
ついでに「おかげんどうですか?」と姑の体調確認、会話から日々の困り事などを聞いて帰る。
私は確認のハンコを押すだけで特に話すことないので、ちゃっちゃと失礼する。いたら話しにくいこともあるだろうし、気を利かせているつもり。

部屋から出てすぐ、姑の目線からは消えたが、まだ1階の廊下、ちょうど裏側を通過中であるにもかかわらず、ひそひそとした話し声が聞こえる。さっきまで普通に話ていたのに。
「用事が済んだら、ああやってさっさと上がってしまう。用事がないと下には来ない」とかいうようなひそひそと話す姑の声。
私のことだ。
ちょうど部屋の裏にいるのだから、聞こえてるぞ。

晩御飯をつくらなくなって、夕方に姑のところを覗くことがなくなって、顔を合わすことが減った。
私としては、姑と会話しなくていいので、物すごくストレスが減ったのだけれど、姑は不満なようだ。
「ご飯は自分でできる」と機嫌よく言っていたが、その気分ももう冷めたようだ。
逆に、食べるものがない→買い物に行けない→嫁には買ってきてくれるような気遣いがないという私に対する不満をつのらせているようだ。

立ちどまって耳を澄ますと、ケアマネさんへいかに自分が頑張って晩御飯を用意しているか、四苦八苦してコンビニにいっているかを訴えている。
で、嫁は私のことはほったらかしとなる。

またこれか。
もう何十年も同じ繰り返し。

晩御飯は自分でできると言ったし、コンビニにだって、私に黙って行ってしまう。行こうとしているところを見つけたときには、車で送りましょうかと提案しても「やらなきゃ。一人でできる、リハビリや」と言うから、あえて見守り、手出しはしない。

意地っ張りなのに、すぐにすねる。
自分はすごく頑張っているのに、誰もほめてくれない。ほったらかしにされていると。

しらんわい。
あなたに対する思いやりや気遣いの心は遠の昔に捨てている。

通りすがりに私に対する悪口を聞いてしまい、気分が悪いが、聞いてしまった以上、私も黙ってはおられない。

買い物に出かけるときにわざわざ下に寄って「買い物ありますか?」と聞いてみた。

「え?」ではなくて「はぁ〜?」と聞き返してくる。
いつもいつも癖かもしれないけど、人に聞き返すのに「は〜?」はなんや。
この一言で、ほんとに頭にくる。

「買い物ありますか、買い物!」
声も大きく口調もきつくなる。

あかん、あかん、相手は年寄り、耳が聞こえにくいのだ。
「買い物行きますけど、何か買ってくるものありますか」ともう一度。

姑「買うものねー、何がいいかな、何ってないねんな」
何やねん、ないんかい。
嫁「ないんですね、いいんですね!」

わざわざ聞きにきてきてるんだから、言えばいいじゃないか。
嫁が様子を見に来ない、買い物いけない、食べるものがないってさっきケアマネさんに悪口言ってたでしょう。
この会話、もう私には限界じゃ。さっさとこの場を立ち去りたい。
「もういいんですね」と行こうとするところ
姑「キューちゃん買ってきて」
嫁「きゅうりのキューちゃんですか、それだけですか」
姑「うん」

なんでーーーー。
おかずつくるんじゃないの?
材料買ってくるんじゃなく、、、

買い物は要らないのか?
買いたいものが買いに行けないんでしょう。
買い物に行ってほしいのか、私が下に降りてこないのが気に入らないのか?
私に何を求めているのかが不明。

もう余計なことはやめよう。
15年の二世帯暮らしでこじれまくっているから、姑と私の気持ちが交わることはない。
お互いストレスがたまるだけだ。

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posted by ゆりゆり at 12:08 | Comment(0) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

うちはうちのスタイルで

姑の晩御飯をつくらないと決めたら、私の負担は減った。
だけど、何か罪悪感。

体が不自由な年寄りにご飯つくらせている。
普通は嫁がすべきなんじゃないの?
世間様の声が聞こえるような気がする。

してあげようと思えばできないことはない。
5時半といわず、時間さえ待って待ってくれたら、私がつくるどんなものでもよかったらできるのだから、無理やれてもつくってあげるべきか?
もやもやする。

でも、姑ができると言うんだから、そこはしてもらってもいいのかなとも思うし、余計なお世話なのかもしれない。

正解はあるのか?
どーなんだ?

「晩御飯どーですか?できてますか?」と聞いてみた。

「できてるよー。大丈夫です」とやけに機嫌のいい返事が返ってきた。

これでいいんだ。
何もしてあげない鬼嫁と世間様にどう思われようが、うちはうち。
本人が納得してのこと、無理にやらせているわけじゃない。
晩御飯を出すタイミング、私の生活時間とのズレもお互いストレスになっていた。

要介護のでも自分でできることはやってもらう。
今までもそうしてやってきた。
これがうちのスタイル。

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posted by ゆりゆり at 10:37 | Comment(0) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

手相占いで気づき

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二世帯暮らしの悩みは深い💦
ははは、本屋さんで私に呼びかけているようなタイトルだったので、思わず買ってしまいました。
しかもこのたぐいの本で777円って安くないですか?

ゴールデンウィークに出かけた先で、生まれて初めて「手相占い」をしてもらいました。
有名でもなんでもなく、普通にショッピングモールの露店に出ててるようなおばさんだけど、去年ダンナと子どもが占ってもらっておもしろかったので、ことしは私も、、、とわざわざそれを目的に出かけたわけです。買い物はついでで。

「どうぞ、とうぞ、きょう1番目のお客様です」と招かれて、そこの店長だと名乗る女性の前に主人と並んで座る。
私の手相をみて、しょっぱな「お金の管理は奥様がされてますか?」と。

いやいや、うちはダンナがお金の全てを握ってますぞ。

内心、当たってないなあ、、、とダンナと顔を見合わす。
ダンナが正直に「いや、違います、僕ですね」と言うと
「そうでしょう」と返してきた。

いやいや、違いますよ。

占い師「あなたはご主人がお金を運んできてくれます」「困ったときは必ず誰かが助けてくれたはず」

私「いや〜そうですか?」

占い師「そうですよ、気づいていないなら感謝しないと。周りの人に感謝が足りない。周りに恵まれて幸せですよ。」

私「いや〜そうかなー?」

こんなときでも姑との関係、これまでの二世帯暮らしの苦労が頭をよぎる。
幸せとは言いがたい。
周りの人って誰?
姑なら、それは違うだろうと思うけれど。
えっ、逆に幸せを与えてくれているのか?
何だかわからなくなってきた。

二世帯暮らしで苦労してますよということは言わずに、
「子育てもひと段落して、これから私はどう生きていったらいいでしょう」と聞いてみた。

占い師「資格をとればいいですよ」

なんじゃい、それは、、、と思うけれど、目的なく生きるのではなく、何か目指すものを持って、打ち込むことがこれからの人生充実させるために大切なんだそうです。

ふーん、ようわからんなあと思いつつ、1,000円払って私の初占い体験は終わりました。

どーなんやろねとダンナと話つつ、「でも資格とったら。いいと思うで」とダンナに勧められ、
私の人生、姑に振り回されるばっかりじゃねぇ、、、自分のために没頭するのもいいかもしれない。
占い自体は疑わしいなあと思うけれど、占い師というのは、占うという行為を通じて、人生相談や気づきのきっかけを与えるものなのかもしれない。

資格、習い事、勉強、、、何をしようかと考えるだけでも楽しいし希望がわく。

手始めに手相占い、、、どこを見れば私がお金の管理をしていると間違えられるのか?
それを知るために「手相占い」を勉強してみようか。
資格ではないけれど、コミュニケーションには役立つだろう。
いつか1階が空き家になるときがくるのだし、将来占いのできるおばさんになって、自宅で占いカフェなんてできたらいいかもー
未来への夢は広がる。

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posted by ゆりゆり at 12:11 | Comment(0) | 二世帯暮らしあれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする