2018年09月24日

姑は生きるほうの人

きょうはお彼岸だったから、家族でお墓参りに。
姑は先日こけて、透析の先生に安静にするように言われたことを守ってか、行かなかった。
下におりて、姑の顔を見て驚いた( ゚Д゚)
右のほっぺたから目のあたりがボクサーが殴られた跡のように、紫色に内出血している。

「どーしたんですか!またこけたんですか?」と聞いてみると、この間のこけた右頭部を打った、その内出血が顔におりてくるものらしい。
そんなことってあるの?と思ってネットで調べてみると、どうやらそういうことがあるようだ。
皮下の毛細血管が破損して、内出血すると、重力で下部へ移動するらしい。
人間の体って不思議なものだ。

それにしても火曜日に頭を打って、透析のたびに顔を合わしていたはずだけれど、姑がこのような顔になっているとは全く気づかなかった。
「きょういきなりこれですか?」と聞いてみたけれど、
「きのうあたりからだんだんひどくなってきた」と言う。
少しずつ紫色に濃くなってきたようで、それまでもあざは出ていたそうだ。

きょうまで会話もしていたはずたけれど、いかに私が姑の顔を見ていないか、関心がないか、自分でもびっくりする。
「へー気づきませんでした」と言うと、
「あんたはおにぎり置いてすぐ行ってしまうから気づかんかったんやろう」とまた含みを持った言い方をされた。

私は姑に関心なし。ああそうですね、そのとおりですって感じ。

姑がこけたとき、私はその場で「ああ、もうダメかも」と思った。
だけど、姑は周りの人たちのおかげでまた命拾いした。まだまだ長生きするんじゃないかと思う。
生きたくても死んでしまう人もいるのに、死にたいと思う姑は生かされている。
姑は生きるほうの人。きっと何かをまだやるべきことがあって、それを全うできるまで、本人の意思とは関係なく生かされる人なのだ。
姑にとっては、それもつらいのかもしれないけれど。

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posted by ぱせり at 01:17 | Comment(0) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月19日

姑がこけた

先日のバトルでわかっこと。
私が子どもの駅への迎えを優先し、姑は「たった5分やのに送ってくれない」とサロンへ送らなかったことを根に持っていてびっくりした。
自分で行ける、子どもを迎えに行ってやってというから、「そうですか」と姑の言葉をそのままに行動したら、それは間違っていた。
姑に対しては、言葉の裏の裏を読まなくてはいけない。
いちいち疲れる。

きのうはサロンに行きたいというので、快く送っていくことにした。
たった5分、行けないことはない。でも何で気が進まないのか。
姑のために時間を確保する、そういうことがめんどくさいからだとわかった。

めんどくささを封印して、5分の旅へ。

サロンのある集会所の前でおろす。
もうたくさんの人が来ていた。
係の人が出てきた姑を介助してくれたので、私は車から降りることなく、姑に「あんたもあちこち挨拶しなあかんようになるから、もう帰って」と促され、車を出す。

しばらく行くと、何だか周りがざわついた。
バックミラーを見ると、姑が座り込んで、周りを皆が取り囲んでわいわい言っている。
慌てて車をとめて、走って戻る。

姑が歩道の段差につまずいてこけたらしい。

ああ、これやってしまったかも?

一番に気になったのは足、大腿骨だったけれど、頭を地面で打ったようだ。
ごつんと音がしたとか。

頭かー。

こら、あかんかも。
救急車か?

あたふたしているとお世話役の人に「もうきょうは帰られて様子を見られたほうがいいですね」と言われ、しばらくそこに座っていたのだけれど、意識もはっきりしているし、幸い歩けるようだったので、そのまま車に乗せて引き返してきた。

頭が少し出血があり、大きなたんこぶができていた。

私はこけたときを見ていないのでよくわからないのだけれど、よくよく聞くと、お尻をついて、だるまさんのように転んで頭を打ったと言う。
お尻からいっているから、衝撃はそれほどでもなかったのかも。
血はにじんでいるけれど。

相変わらず、口は減らずのままだし、大丈夫みたいだ。
でも頭だから、後で何か後遺症が出ることもあり得る。
やっぱりすぐに病院でみてもらうべきなのか?
こういうときって嫁からしたら、判断にすごく困る。
主人に電話をして状態を伝えると、大丈夫やろうという返事。
息子がそう言うんだから、よしとして、氷で冷やしてしばらく様子を見ることにした。

30分おきに声をかけてみるが、全く変わった様子はない。
寝ていたほうがいいと言っているのに、座ってテレビを見たりしている。
「安静にしたほうがいいから、寝てくださいね」と言ってら、
「寝ないようにしてるねん。寝たら今度は死んでて起きられんかもしれへんからな」と笑えない冗談を言っている。
こういうときに自虐ギャグが言える自分をおちゃめだとでも思っているのか?

いつもなら最後まで車を降りて介助するのに、係の人が出てきたこと、「もう帰っていい」と言われたこと、何よりバトルの後ということもあって、まあ、いいわとそのままなれない人に託してしまった。
私がついていながら、こういうことがあると、主人に対して申しわけない。
幸い1日たった今も特に変わった様子はないけれど、私への戒めなのか?と思ってしまう。
誰からの?
姑の怨念?こわい。

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posted by ぱせり at 16:22 | Comment(0) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月13日

姑と喧嘩のあと

姑と喧嘩をしてから3日がたった。

きょうは透析の日だから、見送りをしなくてはいけない。
時間が来たら玄関におりていき、顔を合わすと「おはようございます」と挨拶をし、ドアを開けて、靴を履きやすいようにそろえる。
雨が降っていたから、傘をさしてあげ、よちよち歩きを見守って、迎えに来てくれた運転手のおじさんに託す。

留守中にお昼ごはん用のおにぎりを2個つくってテーブルに置いておく。

帰ってきた車の音が聞えたら、すぐさま走っておりていき、玄関を開けてよちよち歩きの姑のサポート。
送迎のおじさんに挨拶をして、姑を部屋まで誘導して、「大丈夫ですか、おにぎり食べてください」と言葉をかけてさっさと退散する。

私は心の中では「許さんぞ」と相変わらず戦っているのだけれど、日常の中に組み込まれている姑に対してやらなくてはいけないことがあるから、全く知らんぷりもできず、普通の暮らしに戻っている。
これが日常、二世帯で暮らすということ。

あれから、顔を会わすたびに姑は「言い過ぎた、ごめんな」と謝ってくるけれど、そんなのは口先だけだ。
今までもそうだったし、その言葉は聞き飽きたぞ。
私からは絶対に謝らない。悪いことしてないもの。

姑には「誰の車で送ってもらおうが、私が誰に笑われようが、一切気にしませんから、どーぞ、どこへでもお好きに行ってください」と宣言しておいた。
ここで暮らしてきた年数より長く、これから先の暮らしが続くことはない。
老い先短いのだから、姑の好きなようにしたらいいのだ。
私は私で好きにするし、近所の笑われ者になっても、ここで一生暮らすつもりもない。
どっちにしたって姑が生きている間だけのこと。
永遠に続くことではないんだから。

住み始めたころは、まだ夢や希望もあったのかもね、喧嘩になると絶望しかなかったけれど、今はもう先が見えている。
数年の間にこの暮らしは絶対に終わりがくる。
そう思えるようになって、気が楽になった。がまんもできる。

姑はやりたいことして、言いたいこと言って、それで気が済むならば好きにすればいい。
二世帯暮らしにはいつか終わるときがくる。
静かにそのときを待つだけさ。

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posted by ぱせり at 00:47 | Comment(0) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする