2017年08月17日

姑に異常なし

姑のことを気にしつつ、何だか気ぜわしく旅から帰ってきました。
帰宅してお土産を渡しに姑の様子を覗いてみましたが、心配するまでもなく「何もなかった」と言っていました。異常なしです。
ほんとにあれは何だったのか
出かける前に何か仕掛けて、私たちを嫌な気分にしたまま旅立たせようという魂胆か⁉
いつもいつものことだけど、まんまとまた姑の策にはまってしまった、そんな気分です💧

旅の車中で主人と話す時間がたっぷりあり、せっかくの家族旅行だったのに、こういうことで水をさされ、何となくささっさと済ませるような、中途半端な旅行になってしまって残念。今後こういうことで計画を変えたり、姑に左右されるようなことはやめようということになりました。

大丈夫かな、様子を聞くため電話したほうがいいかな、ちゃんと透析行けたかな、、、など気になって、全体的に興ざめだったもので。
多分ああいうことがなければ、すっきりと出かけて楽しめていたはず。
無意識かもしれないけれど、姑がうらめしいです。

帰宅して、もうきょうは「散髪したいから連れて行って〜」とねだられ、めんどくさいけれど、ショッピングセンター内にある美容院に連れていきました。
久しぶりに2人で車に乗ったけれど、相変わらず人の悪口と自分のことを棚に上げた発言の数々。
返事をするのもうんざりだから、「姑の話はラジオと思え」を実行してやり過ごしました。
主人に言われたこの言葉は本当に名言だと思っています。
相槌を打たなくても、勝手にしゃべっているのだから、右から左に受け流せばいいのです。

お姑様のおしゃべりにお悩みの方にはぜひ実行していただきたい技です😃

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posted by ゆりゆり at 21:03 | Comment(0) | 二世帯あるある | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月14日

お盆に起こりがちなこと

お盆でアクセスが極端に上がる現象ーーー
お盆の帰省でお嫁さんお疲れなんでしょうか?
うちもいろいろ事件が起こります。

土曜日朝6時半ごろ、携帯が鳴りました。
まだうつらうつらと寝ていたもので、電話の音に飛び起きて、音のなるほうへ、、、携帯を探し回る。
携帯には姑の名前が表示されているではないか。
緊急事態?また何かあったか⁉

恐る恐る出てみる。
嫁「どうしましたか?」
姑「助けて〜助けて〜」と情けない声が。
こりゃ、ただ事ではない。
「お母さん助けてって言うてる!」とダンナをたたき起こし、ダンナも文字どおり飛び起きて、寝起きとは思えぬ速さで下へ駆けおりる。
私も寝巻きのまま、下は短パンだし、こりゃいかんと、その上からスカートを履きながら、後を急ぐ。

「どうしたんですか⁉」

そこにはベットから降りて、腕をベットの上に支え、床にひざまずいた形で固まっている姑が。
よく洋画で子どもがベットに手をのせて、ひざまづいてお祈りをするような感じ?
「こけた〜立たれへん〜足に力が入れへん〜」と泣きべそをかいている。
姑は私より大柄だから、これは私が立たせるのは大変だ。
ダンナが腰から抱え上げて何とかベットに転がした。
やっばりこういうときは男手が必要。

骨折している様子はなくてほっとした。
もし骨折していたら、もう手術はできないし、寝たきり状態になるのは間違いない。
私たちの生活ももう介護一色、がらりと変わる。

扇風機をとめようとベットから降りて、歩行器も杖も使わずに歩いたそうだ。
ちょっとの距離との油断でこういうことが起こる。
次に骨折したら命にもかかわると常々言っているけれど、物事を軽く考えている。
障害者認定されていることを特権ぐらいに考えていて、不自由な体だという自覚が足りていないからだ。
どんな自信なのか、「何でもできる、やらなきゃ」が口ぐせで、たびたびこういうことが起こる。

結局大したことはなくて、飛び起きて何だか損したな、、、という感じで終わったのだけれど、15日から1泊旅行の予定をしていた私たちは、ちょっと不安になってしまう。
こういう状態の姑を残して、家をあけるのは非常識ではないか?
でも日常生活は普通にできていて、むしろ接しないようにしている。
だけど、月水金の透析の日は家にいるようにしているし、私の自由に外出できるのは、火曜日だけ。
ランチなんて予定が合わないとほぼ行けなくなった。
夏休みの家族旅行、たった1泊も行くことができない。
足腰が弱った親と二世帯で暮らすとこういうこともある。

きのうはお盆恒例、下でご飯を食べることにして、テンションの上がらない夕食中、私たちが出かけても大丈夫かと念押しをした。

姑は「大丈夫、おとなしくしてます」とは言うものの、やっぱり気かがりと罪悪感が残ってしまう。
私たちは1日目にレジャーを済ませて2日目はさっさと帰宅する方向で予定をかえることにした。

お盆や正月、私たちが何か楽しい計画をしたら、大体こういうことになる。
子どもが小さいころ親が出かけると何かを察知して、病気になったりすると同じだと思うのだけれど、姑にも何かの能力があるのかと思ってしまう。
後ろ髪を引かせて、100%気持ちよくは出かけさせてもらえない。
いつもそう。

またか、、、という気持ちで、でもこれをやめると私たちに自由はない。

介護が必要な家族がいる人は、皆そうなんだろう。
もっともっと苦労して、大変な人もいるだろう。
私たちなんてましなほうだと思うけれど、この人のためにいろいろ制限されるというのが、なかなか複雑な気持ちで、そう思うことが世間体が悪かったり、いけないことだと思う、そういうことがまた嫌で。
私の気持ちはどこへいくのか。

とりあえず、ひとときの自由を求めて旅に出よう。

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posted by ゆりゆり at 11:55 | Comment(0) | 二世帯あるある | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月10日

流れるって最高!

排水の詰まりがなくなって、幾ら水を流してもスイスイ流れます〜。
水が流れるってホントに気持ちいい!
不自由を経験してこそわかるこの充実感✨
予定外の費用はかかったけれど、ダンナに工事をしてくれてありがとうと心から言いたい。

10日間はずっとちょろちょろ流しで炊事をしていたので、つくる料理も限定されるし、夏休みのお昼ご飯、そうめんとか、冷やしうどんとかつくりたいじゃないですか〜。
でも、お湯でゆでで、冷やすというのができない。
それでもつくるときは、最小限の水を流して、あとはベランダの排水に捨てに行く。ほんとに不便だった。

そして私はちょろちょろ洗いで洗い物をするという技を身につけた。
これはいい。
今まで余り気にもせず、ジャージャー流して洗い物をしていたけれど、我が家は水道代が非常に高い。
夏は2月分で3万くらい💧
先日は水道のメーター検針の人にわざわざピンポン鳴らして「水道代が上がっていますけれど、何か特別なことされましたか?」と聞かれたくらい。
夏は庭の水まきをしたり、お風呂が2つあるというのが一番の理由だと思うけれど、洗い物は洗い桶を使うのが嫌いな私は洗い物に使う水をジャージャー流していた。
これをちょろちょろ流し、ちょろちょろ洗いにする。
少し時間はかかるかもしれないが、無駄な水は流さない。
しかも、洗い物の音でテレビの聞こえない!と、家族に苦情を言われていた。
これもちょろちょろと静かーに洗うから、水道水がシンクを打ちつける音も少なくなって解決された。

それから、しばらくつくる料理に制約があったせいで、水を出して料理ができるとなれば、料理をつくる意欲が俄然わいてくる。料理のリバウンドというのか?

なんかいいことあるじゃないか。
こういうことから生活は好転する。
私のぱっとしない二世帯暮らし、水が流れると運気も変わると信じている。

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posted by ゆりゆり at 12:06 | Comment(0) | 二世帯の失敗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする