2017年03月13日

二世帯でうまく暮らすには

嫁の二世帯の悩みは尽きません。
二世帯でちょっとでもうまく暮らすにはどうしたらいいか、考えてみよーと新しくカテゴリーをつくりました。
「二世帯でうまく暮らすコツ」

そもそも今さらうまく暮らそうなんて、私は思ってないし、我が家の場合は感情がこじれているので、その気もないのだけれど、もし新たな気持ちで暮らすのであれば、精神面でこうしたらうまく暮らせるのではないかと思うことはあるので、悩んでいるお嫁さんで少しでもうまく暮らしていきたいと希望を持っている方のためにヒントになればなあと思います。
これまで書いてきたことを全否定するようなことになるかもしれませんが、二世帯で暮らして15年、今になってわかることも出てきたので、ごめんなさいね。

最近いつも思っていること。

こだわりを捨てること

住始める前、住み始めたころは、二世帯暮らしに対する理想や自分はこうしたい、相手にはこうしてほしいということがいろいろあるけれど、現実暮らしてみると、全然思いどおりにはいかない。
ことごとく理想とはかけ離れ、心が砕けていきます。
あーだったのに、こーだったのに、こうしたかったにの、そういうつもりじゃなかったのに。

こんな感じて、家の間取りやつくりにしても、親世帯との関係にしても、特に姑とのあれこれにしても、予想外で気に入らないことばかりが出てくるものです。

私はそれを一々気にして、不満ばかりを募らせてきました。
姑とのことでは、自分の思いどおりにならないし、私の生活にどんどん踏み込んでくる姑とぶつかり合うばかり。
当時は若かったし、嫁はこうであるべき、姑にはこれはしてほしくないといったお互いの主張が強く、全くかみ合っていませんでした。
若いときはパワー全開で押し通せるものかもしれません。

今思うと、全てにおいてこだわりが強すぎた。

玄関を別にしてほしかった。
間取りが気に入らなかった。
姑の声が丸聞こえ。
トイレを閉めろ!
玄関ホールの掃除はどっちがするか。
勝手に靴を磨くな!
うちのポストを勝手に見るな!

今でもそう思います。
けど、実際半分くらいはあきらめています。

介護が必要になった姑には、玄関ホールの掃除はできないし、ポストにも行けない。
しゃがむことはできないから、靴も磨けない。
だから、この部分は悲しいかな、時とともに、もう解決されています。

トイレは歩行器があって開閉できない。
相変わらず電話の声は丸聞こえだけど、ぼけられるよりはましか。

もう仕方ないこと。

嫌なことは自分で工夫して解決するしかありません。

こだわりを捨てることはすごく難しいし、悲しいことだけれど、そうしなければ暮らしていけないのが現実なのだわと今はあきらめ、、、そんな感じ。

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posted by ゆりゆり at 12:41 | Comment(0) | 二世帯でうまく暮らすコツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月10日

人を待たせても平気な人

きょうも透析。月水金、月水金、、、もうあきた。
姑と接する機会がふえたので、毎回同じやりとりでストレスがたまる。

迎えが来るのがわかっているのに、時間を過ぎてまたトイレに行っている。
案の定、迎えの車が到着して「すみません、ちょっとトイレ行ってるんで」と私が対応する。
いいですよとこころよく応じてはくれているものの、寒い中、車から降りてスタンバイしてくれているので申しわけない。

まだ出てこない。だって時間が来てからトイレに入ってうなっているんだもの。

くさいし、音も聞きたくないから、玄関全開で外で待つ。寒い!

全ては姑のために動いている。

やっと出できた。
よちよち歩いて、私に世間話をし出す。そんな話どーでもいいから、早くして!
思わず「話はいいから」と言ってしまう。
「わかってる」言い返してくる元気がある。
それならそれで、行動が伴ってないやないか。
その気がないから。
人を待たしても何とも思わない。別にいいやんって考えなんだろう。

人として間違ってる。

「待たせてもお金のうち」といつも言うけれど、私はどうなんだ。
無償ですけど。
何であなたのために「すみません」と謝らないといけないのか。
本人は何とも思ってないけど、姑の態度や言動で、家族が恥ずかしい思いをしたり、申しわけなく感じるということが想像できていない。
自分だけよかったら、自分は不自由だから特別だという感覚がずれてるのに、全くわかっていない。

いつになったらわかるんですか。
人生のお迎えが来る前に気づいて、後悔してほしい。

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posted by ゆりゆり at 09:48 | Comment(0) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月08日

もはや戦わない

透析の迎えが車までの間、この時間が苦痛なのだけれど、私はお天気の話をして姑が話すきっかけをつくってしまう。ああ、またきょうも、、、💦

いよいよと姑が話すと、いちいち何で?と思うことばかり。
納得できない、何言うてんのこの人って思う。

しょうもない世間話なのに、同調できることが一つもない。
こんなことってあるんやね。

今さら始まったことではない。
結婚してもう二十数年経ってしまったが、姑の話に「そうそう」と思えることがない。
むしろ、違うやろって突っ込みたくなることばかり。

昔ならここで「何でそんなこと言うんですか!」「違います!」とけんかになっていたけれど、要介護の姑を相手にしては、もはや私の戦意は喪失している。
にもかかわらず、私が適当な返事をしていると、挑発ぎみな言葉を発する。
相手はまだやる気あるのか?
なんじゃい!と思うけれど、相手にしない。
戦わないことが、勝利、、、ふふふ。

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posted by ゆりゆり at 09:43 | Comment(0) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする