2019年04月17日

やっぱり残念な取り合わせ

きのうたまたまお風呂上りにテレビをつけてたら、セブンルールが始まるところだった。
「しぜんの国保育園」の園長さんの話だった。

顔をパタパタしながら、何気に見ていた。
保育の方針については、余り共感するものではなかったのだけれど、もともと嫁いだ先がお寺さんで、流れで保育園をされているそうだ。
内容はこちらから
中盤でお義母さんとの関係について語られていて、こういう嫁ぎ先、一緒に保育の仕事もされていてのことだからかもしれないけれど、園長さんは、お義母さんのことをとても信頼していて、頼りにもされている様子にとてもうらやましく、憧れの目で2人の映る姿を見てしまった。
お義母さんは、とてもやわらかな笑顔で、やさしそうな人に見えた。

「仕事のことで子育てのことも両方とにかく全部何でも相談できる存在はお義母さんしかいない」
「とにかくお義母さんが言ったことはやる」


と話されていたのにとても衝撃を受けた。

私は世の中の嫁と姑のほとんどは、仲よくなんてできないもので、「うまくいってます」「仲よくやってます」なんてのは建前で、うそだと思っている派。
実際にうちのご近所なんかほとんどがうまくいっていないと思うし、嫁も姑も口を開けば愚痴だらけ。
それが現実なんだと思うし、その考えにはほぼ間違いはいなと思うけれど、やっぱり例外もある。

それがただただうらやましくもあり、何で私たちはそうなれなかったのかと、悔しくもあり、自分が人間として、邪気に満ちていて、すごく未熟者だということを思い知らされる。

私だって、「全部何でも相談できる存在はお義母さんしかいない」なんて言ってみたい!
ああ、それを想像するだけで、身震いしそうな気分。

尊敬できる人であってほしかった。
人の悪口を言わない人であってほしかった。
言いわけしない、一言多くない人であればよかった。

そして、何より、私が素直な嫁であればよかった。

やっぱり私たちは残念な取り合わせだったなと、本当に悲しく思う。

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posted by ぱせり at 12:28 | Comment(0) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月11日

謎の冊子のおばさんはいい人

きょうはあいにくの雨でしかも寒さが戻ってしまいましたが、きのうはとってもよいお花見日和となり、姑も例のお花見に出かけました。

出かけにお花見の案内の紙を手渡され、「なんですか?」と聞くと、「帰りはこの時間にお願いします」と言われ、
ああ、そうだった。帰りも迎えに行かねばならぬことをすっかりと忘れておりました💦
「迎え、、、ああ、迎えですね。わかりました」と承知したものの、帰り時間までの微妙な時間、買い物にも行けないし、家で時間潰して待機しているしかないなあ。

とにかく姑の言うとおりに、バス停まで送って、難なくミッションを終えました。
送ること自体は何てことないんです。ちちゃと5分くらいで終わること。
ただ、それまでのやりとりで小さなイライラが募るわけです。

家について車から降りると、姑から着信。
さっき送り届けたばかりなのに、あーまた何か事件か?送る場所間違ったとか?
恐る恐る出てみると、帰りは謎の冊子のおばさんが家まで送ってくれるらしく、私の迎えは要らないと言う。
「お嫁さんにもよろしく」とのことだそうです。
姑がうまいこと言って頼んだに違いないけれど。

謎の冊子のおばさん、うっとうしいなんて思ってごめんなさい。
姑というめんどくさいことを共有することで、私たちは同志となりました✨

姑は周りの人に助けられて生きています。
お互い大変ですなー。
ラベル:姑とお花見

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posted by ぱせり at 00:06 | Comment(0) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月09日

小さなプライドは捨ててしまおう

この前の続き、まだ言っている。しつこい。
「やっぱりバス停やったよ」と。
わかりました、わかりました。
「いく先はあんたの言うてるところやけど、集合場所はバス停やから」

それはわかってる。
わざわざ集合場所に行って、おろして、よちよち歩いて、バスに乗って、花見の場所まで行くのは大変でしょう。
何のために私が送るんですか?
直接現地に送っていったほうが楽でしょうってことを言ってるのだけど、理解できないのか、頑固なのか。

言い返すな、言い返すなと私の中の警笛が鳴っている。

「現地に直接いったほうがお母さんが楽だろうと思っただけです。お母さんが要らないって言うんなら、いいですよ、バス停にしましょう」

せめてもの抵抗で、きっぱりと言い切ってやった。

姑は「それでいいよ」とダメージを受けた感じもない。

ああ、こんな抵抗したって何の役にも立たないし、むしろ自分が嫌になるだけ。

「はい、わかりました」と言えばいいのに、それが言えない。
私の思いやりのかけらを無下にされたという小さなプライド。
捨ててしまえ。

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posted by ぱせり at 00:28 | Comment(4) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする