2019年09月04日

姑には近づくな

朝ドラ好きの私、きょうの「なつぞら」は泣けた💧
なつと天陽くんのラスト、二人の演技のすばらしさ。
朝からぼろぼろ泣いて、心洗われ、放送が終わって、姑の透析の見送りへ。
一気に現実に引き戻される瞬間。

姑のわがままで、いつものドライバーさんのはからいで10分早く迎えにきてくれているのが、今朝はお休みらしく通常時間の10分おくれの到着となった。
待ち切れないから、いつもどおり外に出て、ぶつぶつ言いながら待つ。
待っているいる間はいつもの担当者さんの悪口とほかの患者さんの悪口。
その話に辟易しつつ、日が当たっているから暑いでしょうと、陰に入るのをすすめると、「壁にすがりたいから、ここに立ってる」とわざわざそこだけ日の当たるところに立ち続ける。
「ああ、そうですか」と知らんぷりで私は暑いから日陰に入った。

1分もしないうちに、やっぱり暑いと壁を断念して、日陰に移動して杖を使って自立した。
私に促されたことに屈するのが嫌なだけ。
自分で歩けるし、自分で立てる。意地っ張り。

たった10分の間に小さなイライラがたまってくる。
姑の口から出るのは、悪口とうわさ。ちょっとした話にも一言多い嫌な結末。

もう返事もしたくない。

結局通常どおりのいつもより10分おくれで来たお迎えの人に「遅い!」「この乗りにくい車、もうちょっとましな車で来てよ」とぼやいて、シートベルトのお手伝いも「自分でするから」と断って、プンスカ💢しながら車に乗っていた。
ドライバーさんも苦笑いしつつ、私には笑顔だったが、心の中はムカついていたはず。
申しわけありません、ありがとうございますと心から思う。

せっかく「なつぞら」を見て洗われた心がたちまち汚された。
「姑には近づくな、話すな、接するときは短時間で」が鉄則。
自分の心を守るために。

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posted by ぱせり at 09:48 | Comment(0) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月14日

姑という修行

先月食のボランティア養成講座を全回クリアして、食育ボランティア推進員の会に入ることかできる資格を得た。
ここで終わってもいいし、興味があれば、入会してボランティア活動をすることもできますよということで、終了後に勧誘があった。
会の役員さんの結構な迫力で勧誘を受けて、その場で断り切れず、自分自身も関心があったので、同じ講座を受けた知り合いの方と一緒に別日に見学をさせてもらうことにした。

その夜に主人に相談すると、「やめといたほうがいい、向いてないと思うで」と言われた。
私もそう思っていた。
先輩方が結構なお歳で、私たちなどこの歳でもひよっこ。
いつまでたっても下っ端から抜け出せそうにない。

子どもが育って、PTAやら子ども会の役員などややこしい人間関係から開放されたというのに、みずからまたややこしい輪に飛び込むなどということはあり得ない。

見学の約束してしまったので、とりあえず二週間後、「離乳食教室」に参加してみた。
私たちは本当のお客さんで、ボランティアのお手伝いをすることはない。
受け付けしたり、ぐずった赤ちゃんをあやしたり、試食を配ったり、洗い物をしたりするのが主な仕事のよう。
ぐずった赤ちゃんをお母さんが預けることはまずないなあと思った。
他人に預けるなんて恐いもの。
私も無責任に預かれない。

受け付けの後、多くの人はやることがなく、調理室の外で待っているようだったけれど、何もすることないだろうから、お話ししているのかなー。
もし自分がその一員だったらと考えるとぞっとする。
姑世代の人たちの中で、話すことなどない。
共通の話題がないもの。

後片づけの時間になって、じっとしているわけにもいかず、椅子を片づけたり、「ああ、やります」「洗います」と本当はやりたくもない洗い物をしたり、使った食器をなおしたり、物すごい気を遣ってしまった。

この感じ、、、この人たちといると姑といるみたいだ。
そう思った途端にボランティア熱は冷めてしまった。

「この後お時間あれば、残った材料でカレーとかつくって、皆で食べるので1時間ほどよかったら」と言われたけれど、絶対1時間で済むはずがない。おしゃべりに花が咲くと帰れない。
「入会は考えてまたご連絡させていただきます」と早々に私たちは退散させていただいた。

私の中で「やめときなさい」と警告が聞えた。

ボランティアって何だ?
時間を持て余した年配の方がするものなの?
誰かを助けるという自己満足?

この日は透析の日だったけれど、出迎えの時間に間に合わないから、おにぎりだけつくり置きして、姑に自分で鍵を開けて帰ってきてもらうように頼んで出てきた。
わざわざ外でこういう輪に加わるなんて、アホだ。
家では姑が待っている。
ほかの人を助けている場合ではない。
まずは姑のことをするのが私の使命なのだから。

ボランティアをする前に私はまだまだ姑という修行をせねば。

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posted by ぱせり at 09:00 | Comment(0) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月01日

二世帯暮らしの気遣い

姑が退院してきて2週間が過ぎ、もうすっかり普通の生活です。
病院に見舞いにいくか行かないか問題からは解放されましたが、やっぱりいるとストレスたまるなあ💧
これは私の姑に対するつき合いのヘタさの問題なのだけれど。

暑くなってきたから、下の部屋もドアが開けっぱなしで、姑の電話の声やご近所のおばさんが尋ねてきたときの話し声やらがただ漏れで、私や主人に対する不満やうわさ話が繰り返されいて、しかも廊下や洗面所に出たときにそれが聞えてくるのが最悪。
聞くつもりはなくとも、「嫁さん」とか私の名前が聞えてくると、つい立ちどまって聞き耳を立ててしまうじゃないか。
どうせいいことは言っていないのだから、無視して、通り過ぎるのが一番なのだけれど。

庭でもう熟れかけている梅を捨てるのがもったいないから、梅酒を漬けると主人が思いつきで言うものだから、朝っぱらから、梅の準備をして、大雨の中、ビンやらリカーやらを買い出しに行って、主人が姑用に1つ小さいものをつくると言うから、合計3つ漬けましたよ。
7,000円も買い物して、梅酒買ったほうがやすいやん、と夫婦でアホさを痛感しました💧
何でも思いつきでするものではないです。

でき上がったものを姑に見せに行き、「これ、お母さん用ですよ。○○さん(主人)がぜひお母さんにと、、、」と喜ぶかと思ったけれど、そうでもなかった。
そんなに飲まれへんとか、熟れ過ぎているとか、、、本当は息子の気持ちがうれしいはずだけれど、どーなの?

納戸において、2階上がってきたら、もう、すぐ電話をしている。
お風呂洗いをしようと洗面所に行くと、一発目に聞こえてきたワード「・・・嫁はんが、これお母さんのや言うて持ってきたわ、はははっ」とやや物まねも入って話している。
バカにしとんか。
「嫁はん」って、、、外ではそんなふうに呼ばれてるんですねえ。

あー嫌だ、嫌だ。

その先は、入院で世話になってありがたいけれど、その後は何もしてくれないとか、痛いのにすごく頑張っているのに知らんぷりとか、後は悪口しかない。
いいと思ってやったこことも、話題にされて笑われている。
いちいち「お母さん、ぐあいどうですか」とか「痛くないですか、何かやりましょうか」とか、そんなこと言えない、できない。

もーいいかげん、気楽に暮らしたい。
二世帯暮らしだからって、気を遣って暮らすのは嫌なのよ。

どうか私の心をかき乱さないで。

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posted by ぱせり at 09:30 | Comment(2) | 嫁姑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする